人生において何の役にも立たないポンコツブログ

人生において何の役にも立たないポンコツな記事を書いていきます。まったく役に立たないくだらない記事ばかりですが、疲れたときに見てクスッと笑えるような癒しのブログです。

3.11の時の私~東京駅にて一夜を過ごす~

6年前の3.11。東日本大震災

 

その時、私は東京駅にいた。

 

まだ学生のときだった。

 

学校が春休みに入ったので、ふるさとの地元へ帰ろうと東京駅で新幹線のホームにいたのだ。

 

新幹線がくるまであと少し。

 

列に並んで待っていたそのときだった。

 

大きな揺れ。

 

尋常じゃない揺れ。

 

ホームに備え付けられている「東京」の看板がグラグラ揺れる。

 

ホームの天井から小さな破片のようなものも落ちてくる。

 

そんなものだから周りの客は「キャー!」と叫んでいたりもした。

 

私も今まで体感したことのない大きな揺れに「これはただの小さな地震じゃないな…東京大震災か?やべー俺死ぬのかな…」なんて思ったりもした。

 

そしてすぐさまホームにアナウンスが流れる。

 

「ただいま地震が発生しました。状況を確認し次第、随時アナウンスします」

 

ずっとその繰り返しである。

 

そしてしばらく経ち

 

「安全が確認できないため、本日の新幹線は全面ストップさせて頂きます」

 

とアナウンスされた。

 

なんだと!地元に帰れないじゃないか!どうしてくれるんだ!などと小さな怒りが沸き上がった。

 

とりあえず地元に帰れない。そして他の電車も止まっているのだ。どこにもいけない。帰宅難民だ。

 

アパートには歩いて帰っていける距離じゃない。

 

仕方ない。せめて都内の各線の電車が動くまで待つか…そう思って東京駅内にある飲食店に入った。

 

定食を食べる。食べながら外を見つめる。

 

帰宅難民の群れ。駆け回っている駅員。

 

その時はまだ私は何も知らなかった。

 

テレビも見ていない、というか状況が放送されていない。

 

どこでどれぐらいの規模の地震が起きたのかもよく分かっていなかったし、それほど関心もなかった。

 

ただ「早く帰りたい」そう思っていた。

 

そして時間は刻一刻とすぎ、もう夜だ。

 

一体何百回同じ放送をするんだよ…と言わんばかりに東京駅にはずっと同じアナウンスが1分おきぐらいに繰り返されていた。

 

地震の影響で本日は全線ストップさせて頂いております」

 

「詳しい状況が分かり次第随時ご連絡いたします」

 

3月だ。

 

東京といえど寒い。

 

あの時、東京駅には一体どれぐらいの人がいたのだろうか。

 

待合室はぎゅうぎゅう。女性、子供、お年寄りが優先的に待合室に迎えられた。

 

私は構内にある大きな柱の下に座ってずっと音楽を聞いていた。

 

寒い。寒すぎる。

 

若気の至りで私はなんとレザージャケット一枚だったのだ。オシャレなんか何の役にも立たない。それより寒さをしのぎたい。心からそう思ったものだった。

 

そんな私の前にふとお婆さんが一人現れた。

 

私はずっとイヤホンで音楽を聞いていたのだが、そのお婆さんの存在に気づきふと顔を上げてみると

 

「これどうぞ」とニコッと笑いながら段ボールをくれたのだ。

 

分からない人も多いと思うが段ボールは保温性が高い。

 

ホームレスの方が段ボールで家を作っているのを見たことがある。

 

「これを下に敷くと温かいですよ」とお婆さんは私に段ボールを持ってきてくれたのだ。

 

私は「ありがとうございます!すいません!」とお礼をした。

 

なんという優しさだろうか。ああいう状況での優しさ。思いやり。

 

たしか当時、東京駅構内の飲食店がいらなくなった段ボールを配っていたのだ。お尻に敷けば暖かいマットになるから。

 

そんなこんなでなんとか朝まで持ちこたえた。

 

当時ハマっていたGLAYを何度もリピートして一夜を過ごした。

 

いいことなのかは分からないが駅のトイレのコンセントを拝借して携帯の充電もしたりした。

 

そしてようやく朝になり都内の各線が運行し始めた。

 

ふう、ようやく帰れるぜ。

 

(帰りに新宿で地震雲らしきものを見たのだが、あれは何だったのだろうか)

 

そして自分のアパートの近所のコンビニでカップ麺を買って、帰宅。

 

とりあえずテレビをつけた。

 

な、なんだ。。。これ。

 

これ本当に日本で起きていることなのか?

 

濁った水が氾濫し、街を飲み込んでいる姿。

 

ヘリで上空から中継されている。

 

一体何人の人が犠牲になっているんだ?というかこれはなんだ?津波

 

津波ってこういうものなのか?映画とかで見るやつと違うじゃないか。

 

逃げ遅れた人も大勢いる。逃げ切れることがそもそもできるのか?

 

テレビの中のその映像はあまりに衝撃的だった。

 

それから追い打ちをかけるように、原発が爆発したり、余震があったり、犠牲者の数がどんどん増えていったり。

 

どこもかしこも自粛モードになり、お店は開いていない。

 

近所のコンビニにはほとんど商品がなかった。トラックが来れないらしい。

 

芸能人を始め、多くの動き出す人々。

 

当時はそういえばテレビコマーシャルも多くの企業が自粛していたっけ。

 

Twitterで支援物資を求める声なんかもあったな。

 

悲しいことにデマなんかも拡散された…

 

あれから6年。

 

歴史に刻まれた大震災。

 

多くの尊い命が奪われた。

 

だからこそ私は全力で生きたい。

 

これから生きる人達のために夢や希望を与えたい。

 

そのために日々、少しずつではあるが進んでいく。

 

チャレンジして当たりまえ。行動して当たりまえ。結果を出して当たり前だ。

 

失敗?そんなの怖くない。あの日の大震災を目の当たりにし「死」より怖いものなんてないと思った。

 

健康な身体があり、夢がある。ならばもう迷っている暇などないのだ。

 

絶対に叶える。誰かの笑顔を作って見せる。私には医術がないので身体を治す医者にはなれないが悲しみを癒したり、喜びに添うことができる心の医者にならなれる。

 

世界を豊かにしたい。

 

夢があるなら叶えたい。

 

あの日の大震災は止まっていた私の人生を動かした。

 

これからもずっと忘れることはないだろう。3.11

 

ちなみにヤフーで「3.11」と検索すると募金ができる取り組みを行っている。

 

微力かもしれないが塵も積もれば山となる。

 

ぜひ検索してみてほしい。